弘前さくらまつり 2018
今日から連休という方も多いかと思います。有意義な休日となりますよう願っております。
青森は桜の季節を迎え、弘前は23日に満開となりました。その後雨など降って散ってしまわないか心配しつつ26日に行ってきました。
実際行ってみると不安を払拭するような見事な桜を堪能することが出来ました。
桜の下で読書もと思い、今年も本を一冊。
今回は、青森県恐山菩提寺院代、福井県霊泉寺住職の南直哉著『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』というやや硬い本を選びました。
最近50過ぎのおっさん(私もその一人)のハレンチな話題が世間を賑わせている。
それも世間一般ではエリート中のエリートと言われる高級官僚や地方自治体のトップだったりする。
個人の性的嗜好に興味は無いが、公職にある人間は、その地位を悪用される可能性もありますので、ある程度自分を律する自覚だけは持って欲しいと思ってしまいます。
そんな雑念を振り払うつもり?ではなく、単純に「無常」という言葉に興味を持ちました。
2500年以上前から続いている仏教の歴史から「無常」とは一体何なのか?を様々な宗派を紹介しつつ解説されています。
私が私である根拠を探し求めた時、この言葉に出会ったそうです。
「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふというは、自己をわするるなり。」(道元禅師 正法眼蔵の一説)
正直慣れない言葉が多くて、なかなか読み進めませんでした。
まだ3分の1ぐらいしか読めていませんが、何となく理解したのは、私などは、すぐ答えを探して楽になりたいと考えてしまいがちですが、意のままにならない事を理解し、答えの無いものを探求し続ける世界が無常という言葉にはあるようです。
そんなことを考えながらお堀の撮影スポットに足を運んだところ、若い男女が顔を近づけながら自撮りしていました。
アツアツで良いねぇ~と思いつつ近くまで行ったら、唇を重ねつつ撮影してるではありませんか。
思わず動揺してカメラをお堀に落としそうになりました。これも無常なんでしょうか?
花粉対策でマスクしてたのでちょうど良いかもと思い、恥ずかしながら私も自撮りしてみました。
今年は、「弘前さくらまつり」の百周年だそうです。
最近は海外から来られる方が随分と多くなりました。百年先も変わらずこの景色が残っていくことを願って、一青窈さんの「ハナミズキ」を添えて写真紹介いたします。